不死身の男たち

どうやら、私は死なない体らしい。先日あやまって、腹を包丁で刺してしまった。いや、なにも割腹自殺をしようってわけじゃない。アパートの台所で料理中に不運が重なってお腹の真ん中に包丁をぐさりと突き立ててしまったのだ。しかし、私は死ななかった。かなりの出血だったが、まずいと思うや否や、ビデオの早送りのように傷が塞がった。後はなにも残ってない。その後、怖かったが、好奇心もあり、今度は自分でグサリと再び。もちろん無意識のうちに傷は浅くなったが、その傷も同じようにあっという間に塞がった。そのあともいろいろと試してみたがそれはあまり気持ちのいい話ではないのでやめておこう。とにかくそういうわけで私は死なない体であるということがわかった。

死なないという事がわかると、はじめは自分が化け物にでもなったような恐怖に襲われたが、なにも外見が人と違うわけではないし、日常生活においてはむしろこう都合だ。それに、この死なないという体をうまく利用すれば、、、

「やれやれ、また繰り返しかい。」

自分の死なない体の使い道を思案していると、ふと部屋の隅で声が聞こえた。振り返るとターバンをつけた男、さしずめアラビアンナイトに出てくるランプの魔人のような男が腕を組んで、部屋の隅で壁に寄りかかっていた。

「なんだお前は。」

魔人はどさっと腰を下ろして頭をかいた。

「さてと、どこから話せばいいのかな。」

 

魔人の話を要約するとこうだ。どうやら私は何千年も前にランプの精を呼び出したらしい。よくある、三つの願いを叶えますというやつだ。そこで、私はこう言ったらしい。「一つ目の願いは、そうだな。願い事が叶うにしても老人になった後だと嫌だから、若いうちに三つの願いを叶えてほしいな。」「その程度の願い、お安い御用だ。」「二つ目は、そう、三つの願いを叶える前に死んでしまっては、死んでも死に切れないからね。残りの願いは生きているうちに叶えてほしい。」魔人はよくある無茶な要望、例えば「三つの願いを1000に増やしてくれ」だの、「おれに不死身の体をくれ」だのといった願いには注意を払っていたが、この二つの願いがよもやこのような結果を招くとは思ってもいなかった。「二つの目の願い、聞き入れよう。して、三つ目の願いは何かな。」「ええ。それがまだ決まってないんです。」つまり、そういうことだった。私は、三つ目の願いをいつまでも言わないことで事実上、不老不死を手に入れたらしいのだ。

 

「なるほど私は頭がいいな」

「海千山千、狡猾といいたいね。」

魔人はめんどくさそうに足の指のささくれをいじっている。

「ひとつ疑問があるんだが、今の話で願いを叶えたのはここにいる私のことだろう。しかし、私には今のような話を取り交わした覚えも、何千年も生きた覚えもないんだがね。」

「ないだろうね。記憶を消したんだから。」

「記憶を消した? どうして?」

魔人は足の指からむしりとった垢のようなものを、口元でふっと吹いた。

「今、君は、その死なない体を使ってよからぬことをしようとしていたね。」

突然私が先ほどまで思案していた事を当てられて、どきりとした。

「まさか、そんなこと。」

「隠すことはない。仮にそう思っていたとして、あんたをどうこうしよう話じゃないんだ。」

「よしてくれ。悪いことにこの体を使う気はないよ。社会のためになるようなことに使う。せっかくてに入れたこの不老不死の体。有効に使わなければ、、、」

私の言葉の途中から、魔人はククククと声を押し殺して笑い始めたかと思うと、最後にはハハハと声を上げて馬鹿笑いを始めた。

「いやいや楽しい。新鮮、新鮮。」

「気にくわないな。だいたい、どうしてお前は私の記憶を消したんだ。」

「私が? まさか。お前の記憶を消したのはお前自身だ。」

「自分で自分の記憶を消した?」

魔人はぼんやりと虚空を見ながら、少し考えるようなしぐさを見せて、こう言った。

「君は、そういう君自身を望んでいた、という説明では、わからないだろうねえ。」

 

どうやら記憶を無くす前の私は、不老不死の体を使って、ありとあらゆる快楽を尽くしたらしい。権力、金、女、死なないとなればどんな失敗を、何度犯したとしても、時間がすべてを解決してくれる。てごわい敵はすべて寿命で死ぬのだから時を待つだけでいい。

 

「そうやってお前は人間の生きる何倍もの時間を楽しんできた。そしてつい先日だ。お前は、はるか昔に手にいれた記憶を消す秘薬を呑んで、自らの記憶を消したのさ。」

「まてまて、変な話だ。嫌な事を忘れたくて記憶を消すのはわかるが、そんなに成功している私が、なぜ自らその記憶を消す必要がある。」

「君は私にこういっていたよ。『すべてをやりつくした』とね。」

「やりつくした? 世界にどれだけの人、物、楽しみがあると思ってるんだ。仮にそれを全部満喫したとして、時代が進めば、人も変わる。文化もかわる。科学だって進歩する。興味が尽きることはないじゃないか。」

「そういった、新鮮なものが次々と現れる、そういうことにも飽きたのさ。」

「それなら、そうだ。不老不死となれば俗な話だけど世界征服なんてのを目指すのも一興じゃないのか。金も権力も、世界中のすべてのものが手に入る。」

「たしかに、きみは一時期そういうものを目指していたようだが、途中でやめたね。」

「どうして。私ならやめないと思うが。」

「まあ、想像できる限り想像してみな。君は死なない、望んだものがすべて手に入る。不満はない。だのに領土を広げる。なぜ? それは新しい世界、人々の羨望を得るため。しかし永遠の命を持つ君は、空間的にそれを求めずとも、時間がそれを与えてくれる。ただ時を待てばいいのさ。なぜ領土を求める必要がある?」

「それでは、子供はどうなんだ。自分の子供が成長する姿を見るのは楽しみじゃないのかい。どこに自分の子供の記憶を消したいと思う輩がいる?」

「子供の成長が楽しいのは、自分生きた爪跡をその影に見るからだ。自分自身がいつまでもこの世に残るのに、なぜ子供の存在が嬉しい? 手塩しにかけた子供達は自分よりも短い人生を生きて死んでいく。そして君の子供、孫4代、5代と進むと、その人数はかなりの数にのぼる。それだけの人数になると愛着もなくなる。そのうちに君は思ったのさ。そもそも自分が死なないのに、子孫を残す必要があるのかと。」

「それで記憶を消す? やはりそれではなんだか腑に落ちない。」

「言っただろ。君はすべてをやりつくした。すべてを見た。すべてを知った。読んで字のごとく古今東西どんなものも興味を引く新鮮さがない。好奇心、欲望、望みは、そのまま生きる気力に繋がる。望むものは何もないが、しかし不老不死の体は捨てがたい。生きる気力のない不死の屍さ。そこで君は考えた。周りの世界に対して再び興味がわくようになればまた生きる気力が得られるだろうと。」

「それで記憶を消してしまおう、と。」

「そういうことらしいね。ちなみに今私の言った言葉は、すべて記憶を消す前の君が言った言葉だけどね。」

魔人は一仕事を終えたような心地で大きくあくびをすると、両手を広げてぐぐっと背伸びをした。

「そこで、私からの提案なのだが、三つ目の願いをここで言ってしまってはどうだ。前の君にもそれを勧めたが、結局死から逃げた。しかし、私は思うのだが、今までの記憶の一切を消して別の人格になるのと、死ぬのと、たいした違いはないのではと。それならばいっそ、ここで三つ目の願いを叶えて、今度は普通に生きてみてはどうかな。」

青年は自信と確信に満ちた口ぶりで答えた。

「その提案は呑めない。私なら、この力を賢く使うことができる。残念ながら、以前の私は愚かだったということだ。生きる気力がなくなる、記憶を消すなんて結論に至るのは弱さだ。私ならそういうことはない。悪いが、やはり私の好きなようにやらせてもらう。以前の私が成しえなかったことを、今の私が成し遂げる。」

青年はそのアパートを飛び出して、そのままどこかへ行ってしまった。

 

「やれやれ。二十二回目の説得も失敗か。

4000年前からずっと、同じことの繰り返し、繰り返し、、、」