カテゴリー別アーカイブ: 小説

バベルの塔

(1)
男がすんでいる町のはずれに、小さな塔があった。

いつのころからか、その塔には数人の聖職者が住み始めた。
彼らは「自由」と「正義」以外に教義をもたない教団らしい。
町の何人かの人達は、彼らの教義に共感して聖職者の塔に入っていった。
その中に男の友人の姿もあった。

ある日、聖職者の塔から逃げ出してきた男の友人が、男の家に駆け込んだ。
「助かった。危うく処刑されるところだった。
今朝、私は台所にいた鼠がパンをかじっていたので叩き殺したのだが、
聖職者の塔の連中から、それは罪だと責め立てられたのだ。
無論、彼らに鼠を殺してはならぬというという教義はないのだが、
声の大きい者がその行為を非難すれば、たちどころに皆がその行為を責めはじめる。

弁明は難しい。長々と弁明すれば長すぎると言って聞きいれられず、
要点をしぼれば、言葉たらずで揚げ足をとられる。
とにかく聖職者の塔では、ひとたび口撃がはじまると、非難する側が絶対正義で
非難される側は反撃不能な弱者なのだ。」

(2)
ある日、男は自分の息子が聖職者の塔に通っている事を知った。
男は塔から戻ってきた息子を問い詰めたが、息子は自慢げに話をはじめた。
「おとうさん、聖職者の塔はすばらしいよ。みごとに正義が実現されている。
今日は、食器を落として割った者がひとり、地下牢に送られたよ。」
男は息子に言った。
「息子よ、お前も小さいころに何度も食器を落として割った事があるだろう。」
息子は笑いながら答えた。
「おとうさん、僕の失敗は過去のことです。今日の事と何の関係がありますか?
悪いことをして見つかった人が、皆の判断で裁かれた。それだけですよ。」
「それでも、食器を割ったことに対する罰として、牢に幽閉とはひどすぎるだろう」
「おとうさんのように彼をかばった人もいたけど、その人も牢に入ったよ。
お父さんも聖職者の塔で学ぶべきだよ。
聖職者の塔では、おとうさんのように皆の意見に反論する人はいない。」
「息子よ、それは違う。反論すれば牢屋に入れられるような所に、
反論する者が残るだろうか。
良識あるものは愛想をつかして離れてしまったのではないか?」
男の息子は机をたたいて椅子を立つと、家を出て行ってしまった。
「さようなら、おとうさん。
聖職者の塔にはおとうさんのように同調性の無い人はいないし、
お互いにわかりあえる仲間がいる。僕は聖職者の塔で、彼らと一緒に正義を追求します。」

(3)
男は息子を連れ戻すために何度か聖職者の塔に乗り込んだが、
すべて徒労に終わった。

聖職者の塔では、全員が顔の覆われた法衣を着ており誰が誰だかわからない。
聖職者たちは、はじめは男を快く迎え入れたのだが、男を敵とみなすや、
一斉に罵詈雑言を浴びせた。

男は顔の見えない聖職者たちに囲まれて責め立てられた。
男の反論は、そこにいる誰にも届かずにむなしく空を漂った。
中傷、嘲笑、恫喝。考えうるかぎりの負の感情と言葉が男に叩きつけられた。
男は「同じ言葉を話しているのに言葉が通じない絶望」に打ちひしがれて、
とうとう職者の塔には近づかなくなった。

日がたつにつれ、聖職者の塔には、若者を中心に多くの人が集まってきた。
塔は増設を続けてみるみるうちに高くなり、町全体を見下ろせるようにまでなった。

最近では、彼らは塔の上から不正義(と彼らが判断する)な行いを見つけると、
その者を聖職者の塔に引きずり込んで彼らの判断の元で断罪しているとの噂もある。

だが、町の大人たちの多くは、聖職者の塔の中で何が行われているかを知らない。
実状を知っているわずかな賢者は「おろかな連中なのだから、無視していれば害はない」という。

しかし、男は思った。

いつか、あの聖職者たちが町に出てきたときに、
言葉が通じない彼らと、どうやって一緒に暮らしていけばいいのかと。

聖職者があふれる町の中で、
はたして賢者たちは「無視していれば害がない」と言い続けることができるのだろうかと。

ともやん と ぼく

掃除の時間が終わって、待ちにまった昼休み。

ほかの男子はみんなサッカーに行った。
教室の前では、女子が何人かでゴム跳びをしている。

ぼくは、ともやんの机で、ともやんが作った洞窟を探検中だ。
「それでね。洞窟の奥に鉄の壁があるの。」
「鉄の壁? そんなの、ぶっこわす!」
「でも、まだレベルが低いから、壊せないよ。でも、壁の横に謎の石版がある。」
「じゃ、魔法でぶっとばす! ドーン!!」
ぼくは、ともやんが作った洞窟と、鉄の壁を鉛筆でぐりぐりと塗りつぶした。
「ああ! そんな事しちゃだめ、だめ! そんなんじゃ、鉄の壁は崩れない!」
「じゃ、最強の魔法を使う! ウィーン、ドカン、ドカーン!」
ぼくはともやんの手を払いどけて、最強の魔法を二発くらわせてやった。すると、鉄の壁が洞窟ごとビリっと一直線に裂けた。
「あー、もー破けたあ!」
「ドカン、ドカーン!」
ぼくは、かまわずに最強の魔法を連発した! ビリ、ビリリ! てつやんの洞窟は大崩壊! 洞窟を払いどけると、その奥にはカッコいい剣が刺さっていた。
「やった、伝説の剣! 手に入れた!」
「だめ! それは宝箱に入っているから、鍵がないと取れない!」
「もう取った! これでボスも倒す!」
ぼくは、ともやんが止めるのも聞かず、ともやんが作った敵、お城、町をどんどんと一刀両断にして、一気に最終ステージ。そして、ボスを見つけるなり問答無用。八つ裂き、いやいや、それどころかもう、原型がわからなくなるほどに、ミンチ斬りにした。ボスはぼくの伝説の剣に散々斬り刻まれて真っ黒だ。
「やったー! クリア! エンディング!」

「ちょっと、男子! うるさい! 外に行って!」
教室の前でゴム跳びをしていた女子が、ぼくのエンディングに割り込んできた。

くそ! せっかくのいいところなのに!
ぼくはさっきボスを切り倒した伝説の剣を持って席を立った。
「なに?! 女子の方がうるさい! そっちがどっかいけ!」
ゴム跳びをしていた女子たちは、ぼくが歩み寄る歩調にあわせるようにゆっくりと集結すると、無言のまま互いに目くばせをして、陣形を攻撃タイプに変更した。

しまった! うちのクラスの女子は集団魔法の使い手だ。ひとりひとりのパワーはたいしたことないが、みんなのマジックポイントが集まると魔法の威力が100倍にアップするんだった!

女子の連続魔法! ぼくは女子の魔法の津波に押し流されて、近づくことすらできない。慌ててともやんに助けを呼んだが、ともやんは机に座って、なにやら必死にノートに消しゴムを走らせていて気づかない。消す手に力が入りすぎているのか、時折ノートが、ぐしゃ、ぐしゃ、と音をたてていた。
「ともやん、何やってんの! はやく! 全滅するから!」
ぼくはともやんの机に行って、ともやんの手をひいて、また戦闘に戻った。これでぼくのパーティーは二人。女子の魔法の威力も半減だ!

ぼくはともやんを傍らにおいて女子に魔法で応戦した。と、突然、女子の集団魔法が止まった。 やった! 絶好のチャンス到来!
ぼくが伝説の剣を振り上げて女子を切り伏せようとした瞬間、教室の外の廊下から電撃一閃! 雷系の最強の魔法がぼくに直撃! 

「こら!! 教室であばれないの!! それから、あ、そこの男子二人。 ちょっと一緒に職員室に来てくれる?」

ぼくはたちまち電撃の魔法の効果で体が痺れてしまって、動けなくなった。
「…ともやん、隠しボスの登場だ。裏ステージに突入だよ。」
ともやんは、洞窟のかけらをぎゅっと握りしめたまま、ぼくのとなりで、ひっく、ひっくと肩をゆすっていた。

不死身の男たち

どうやら、私は死なない体らしい。先日あやまって、腹を包丁で刺してしまった。いや、なにも割腹自殺をしようってわけじゃない。アパートの台所で料理中に不運が重なってお腹の真ん中に包丁をぐさりと突き立ててしまったのだ。しかし、私は死ななかった。かなりの出血だったが、まずいと思うや否や、ビデオの早送りのように傷が塞がった。後はなにも残ってない。その後、怖かったが、好奇心もあり、今度は自分でグサリと再び。もちろん無意識のうちに傷は浅くなったが、その傷も同じようにあっという間に塞がった。そのあともいろいろと試してみたがそれはあまり気持ちのいい話ではないのでやめておこう。とにかくそういうわけで私は死なない体であるということがわかった。

死なないという事がわかると、はじめは自分が化け物にでもなったような恐怖に襲われたが、なにも外見が人と違うわけではないし、日常生活においてはむしろこう都合だ。それに、この死なないという体をうまく利用すれば、、、

「やれやれ、また繰り返しかい。」

自分の死なない体の使い道を思案していると、ふと部屋の隅で声が聞こえた。振り返るとターバンをつけた男、さしずめアラビアンナイトに出てくるランプの魔人のような男が腕を組んで、部屋の隅で壁に寄りかかっていた。

「なんだお前は。」

魔人はどさっと腰を下ろして頭をかいた。

「さてと、どこから話せばいいのかな。」

 

魔人の話を要約するとこうだ。どうやら私は何千年も前にランプの精を呼び出したらしい。よくある、三つの願いを叶えますというやつだ。そこで、私はこう言ったらしい。「一つ目の願いは、そうだな。願い事が叶うにしても老人になった後だと嫌だから、若いうちに三つの願いを叶えてほしいな。」「その程度の願い、お安い御用だ。」「二つ目は、そう、三つの願いを叶える前に死んでしまっては、死んでも死に切れないからね。残りの願いは生きているうちに叶えてほしい。」魔人はよくある無茶な要望、例えば「三つの願いを1000に増やしてくれ」だの、「おれに不死身の体をくれ」だのといった願いには注意を払っていたが、この二つの願いがよもやこのような結果を招くとは思ってもいなかった。「二つの目の願い、聞き入れよう。して、三つ目の願いは何かな。」「ええ。それがまだ決まってないんです。」つまり、そういうことだった。私は、三つ目の願いをいつまでも言わないことで事実上、不老不死を手に入れたらしいのだ。

 

「なるほど私は頭がいいな」

「海千山千、狡猾といいたいね。」

魔人はめんどくさそうに足の指のささくれをいじっている。

「ひとつ疑問があるんだが、今の話で願いを叶えたのはここにいる私のことだろう。しかし、私には今のような話を取り交わした覚えも、何千年も生きた覚えもないんだがね。」

「ないだろうね。記憶を消したんだから。」

「記憶を消した? どうして?」

魔人は足の指からむしりとった垢のようなものを、口元でふっと吹いた。

「今、君は、その死なない体を使ってよからぬことをしようとしていたね。」

突然私が先ほどまで思案していた事を当てられて、どきりとした。

「まさか、そんなこと。」

「隠すことはない。仮にそう思っていたとして、あんたをどうこうしよう話じゃないんだ。」

「よしてくれ。悪いことにこの体を使う気はないよ。社会のためになるようなことに使う。せっかくてに入れたこの不老不死の体。有効に使わなければ、、、」

私の言葉の途中から、魔人はククククと声を押し殺して笑い始めたかと思うと、最後にはハハハと声を上げて馬鹿笑いを始めた。

「いやいや楽しい。新鮮、新鮮。」

「気にくわないな。だいたい、どうしてお前は私の記憶を消したんだ。」

「私が? まさか。お前の記憶を消したのはお前自身だ。」

「自分で自分の記憶を消した?」

魔人はぼんやりと虚空を見ながら、少し考えるようなしぐさを見せて、こう言った。

「君は、そういう君自身を望んでいた、という説明では、わからないだろうねえ。」

 

どうやら記憶を無くす前の私は、不老不死の体を使って、ありとあらゆる快楽を尽くしたらしい。権力、金、女、死なないとなればどんな失敗を、何度犯したとしても、時間がすべてを解決してくれる。てごわい敵はすべて寿命で死ぬのだから時を待つだけでいい。

 

「そうやってお前は人間の生きる何倍もの時間を楽しんできた。そしてつい先日だ。お前は、はるか昔に手にいれた記憶を消す秘薬を呑んで、自らの記憶を消したのさ。」

「まてまて、変な話だ。嫌な事を忘れたくて記憶を消すのはわかるが、そんなに成功している私が、なぜ自らその記憶を消す必要がある。」

「君は私にこういっていたよ。『すべてをやりつくした』とね。」

「やりつくした? 世界にどれだけの人、物、楽しみがあると思ってるんだ。仮にそれを全部満喫したとして、時代が進めば、人も変わる。文化もかわる。科学だって進歩する。興味が尽きることはないじゃないか。」

「そういった、新鮮なものが次々と現れる、そういうことにも飽きたのさ。」

「それなら、そうだ。不老不死となれば俗な話だけど世界征服なんてのを目指すのも一興じゃないのか。金も権力も、世界中のすべてのものが手に入る。」

「たしかに、きみは一時期そういうものを目指していたようだが、途中でやめたね。」

「どうして。私ならやめないと思うが。」

「まあ、想像できる限り想像してみな。君は死なない、望んだものがすべて手に入る。不満はない。だのに領土を広げる。なぜ? それは新しい世界、人々の羨望を得るため。しかし永遠の命を持つ君は、空間的にそれを求めずとも、時間がそれを与えてくれる。ただ時を待てばいいのさ。なぜ領土を求める必要がある?」

「それでは、子供はどうなんだ。自分の子供が成長する姿を見るのは楽しみじゃないのかい。どこに自分の子供の記憶を消したいと思う輩がいる?」

「子供の成長が楽しいのは、自分生きた爪跡をその影に見るからだ。自分自身がいつまでもこの世に残るのに、なぜ子供の存在が嬉しい? 手塩しにかけた子供達は自分よりも短い人生を生きて死んでいく。そして君の子供、孫4代、5代と進むと、その人数はかなりの数にのぼる。それだけの人数になると愛着もなくなる。そのうちに君は思ったのさ。そもそも自分が死なないのに、子孫を残す必要があるのかと。」

「それで記憶を消す? やはりそれではなんだか腑に落ちない。」

「言っただろ。君はすべてをやりつくした。すべてを見た。すべてを知った。読んで字のごとく古今東西どんなものも興味を引く新鮮さがない。好奇心、欲望、望みは、そのまま生きる気力に繋がる。望むものは何もないが、しかし不老不死の体は捨てがたい。生きる気力のない不死の屍さ。そこで君は考えた。周りの世界に対して再び興味がわくようになればまた生きる気力が得られるだろうと。」

「それで記憶を消してしまおう、と。」

「そういうことらしいね。ちなみに今私の言った言葉は、すべて記憶を消す前の君が言った言葉だけどね。」

魔人は一仕事を終えたような心地で大きくあくびをすると、両手を広げてぐぐっと背伸びをした。

「そこで、私からの提案なのだが、三つ目の願いをここで言ってしまってはどうだ。前の君にもそれを勧めたが、結局死から逃げた。しかし、私は思うのだが、今までの記憶の一切を消して別の人格になるのと、死ぬのと、たいした違いはないのではと。それならばいっそ、ここで三つ目の願いを叶えて、今度は普通に生きてみてはどうかな。」

青年は自信と確信に満ちた口ぶりで答えた。

「その提案は呑めない。私なら、この力を賢く使うことができる。残念ながら、以前の私は愚かだったということだ。生きる気力がなくなる、記憶を消すなんて結論に至るのは弱さだ。私ならそういうことはない。悪いが、やはり私の好きなようにやらせてもらう。以前の私が成しえなかったことを、今の私が成し遂げる。」

青年はそのアパートを飛び出して、そのままどこかへ行ってしまった。

 

「やれやれ。二十二回目の説得も失敗か。

4000年前からずっと、同じことの繰り返し、繰り返し、、、」

彫刻家

ジョパンニは、国一番の彫刻家だった。

女神の像を彫らせれば、かのビーナスをもしのぎ、キリスト像を彫らせれば、まるで昨日召されたのではないかと見まごうほどの腕前だった。

 

ある日、町の領主はジョパンニを屋敷に呼び寄せた。

「君の彫刻の腕は天下一品と聞く。今まで貴殿が彫った彫刻の中で一番出来のよい物を買いたいのだがどれかな。」

「どの彫刻もそれぞれに一番です。甲乙のつけようがありません」

「しかし、見た目の優劣はあろう。姿勢、表情、そういうところを比べて一番よいものがほしいのだ。」

「人がその外見を見ればそうでしょう。人はその彫刻が出来る過程を知らない。私がその彫刻を掘り出すときにどのような気持ちでいたかを知らない。」

ジョパンニは顔を上げて、両こぶしを顔の前に上げた。ノミをかなづちで打つ仕草をしながら続けた。

「君の目は美しい。口元はもっと柔らかいのかい。なるほど、こういう口か。ありがとう。そう思いながら彫った像は、出来上がる過程で私の心にそのときの思いを刻んでくれるのです。二つの像を彫れば、それぞれの像がそういった思いを残してくれます。そして、それぞれの像が残す思いの質が違います。質の違うものを二つ並べて、さあどちらが良いと言われても、良さの基準が違うのです。比べようがありません。私にとっては、どちらの像も違う基準でそれぞれ一番なのです。」

「面白いな。では、一番優れているものは決められないとして、しかし、一番質の悪いものはどうであろうな。貴殿のように押しも押されもせぬ評判を得ている者を見ると、俗人の浅はかな嫉妬心というか、好奇心というか、逆に一番出来の悪い像というものも聞いてみたくなるものなのだ。」

ジョパンニはにっこりと微笑んで答えた。

「領主様。領主様はつまり、形が写実的でないものを劣等として思っておられるかもしれませんが、それは劣等というような範疇のものではないのです。彫刻は像を作るのではなくて、石の中から、彼らを掘り起こす作業なのです。たまに不思議な腕の形が現れたり、彼らの表情が落ち着かないことがありますが、それは劣等とは違うのです。彼らはその形でこの世に姿を現したのです。そこで私は思うわけです。どうしてこのように腕を曲げているのだろう。怪我でもしているのだろうか。どうして表情が硬いのだろう。なにか気に入らないことでもあったのだろうか。これらもやはり像が私に刻んでくれる思いなのです。そういう思いを私にくれた彫刻は、やはりその基準において一番です。つまり私には一番劣る彫刻もございません。」

「なるほど。つまり、どの像もそれぞれ思い入れがあり、その思い入れの種類が違う。基準が違うもの同士を比べることはできないということか。」

領主は、なにか気に食わないような表情をうかべて腕をくんだ。

「たしかに面白い、面白いがしかし、作品に優も劣もないのでは仕事に励む意欲も失せよう。もっとよい出来のものを、こんどはここを工夫しようと、作品を重ねるごとに創意工夫がなされてこそ、その仕事の質は向上していくものではないのかね。」

「先ほども申し上げたように、彫刻は石の中から彼らを掘り出す作業です。私は彼らの要求を聞いてノミを振るうだけです。その最中は徐々に姿を現す彼らと対話しながら、一心にノミを振るうのみです。振るいながらあれこれと思いをめぐらすのです。この感動が得られる限り、私は彫刻を続けるでしょう。」

「そういう感情で仕事ができる神経を職人肌と言うのだろうな。」

領主は眉をハの字にまげて、興味を失ったように肩肘をついた。しばらくして、確信したようにジョパンニに向きなおした。

「しかし、そうすると君を世に売り込んだ者が他にあるな」

ジョパンニは虚をつかれたように目を丸くした。

「ええ。ザネリという幼馴染がおりまして。しかし、」

ジョパンニは何かを付け足そうとして、すぐに口をつぐんだ。領主は晴れた表情をしてジョパンニに尋ねた。

「ほう、ザネリ。」

「いえ、彼はよくない。はじめはまともに商売をしていたのですが、いつの頃からか、私の彫刻に法外な値段をつけて売りはじめました。私はそれが許せない。」

領主はジョパンニの言葉にかぶさるように続けた。

「彫刻が、そのザネリの手によってどのように売りさばかれようと、君の関与することではあるまい。君は彫刻を続ければよいのではないか。」

「私が問題としているのは、私が作成した彫刻と、ザネリが得たものと、はたして釣り合いがとれるかということなんです。ザネリは、私の彫刻でもって、市民が一生かけても得られないような富を得ました。農家の人が一年の労力をかけて作った野菜、大工が数ヶ月をかけて建てた家、そして召使のこれからの日々、ザネリは私が一ヶ月で彫った彫刻でもってそれらを得るのです。そして、それを得てしても、まだ富みがあまりあるのです。このようなやりとりを不誠実と言わずして何といいましょう。」

領主はにやりと片頬を上げてジョパンニを見下ろした。

「君はさきほど君の彫刻の優劣は決められないと言っただろう。それぞれの彫刻にそれぞれの思いがあり、思いの質が違うので比べようがないと。」

「たしかに申し上げました。」

「では聞くが、君の言うザネリの仕事、農家の仕事、大工の仕事、召使の仕事、これらをどうやって釣り合わせるのかね。農家が一年かけて作った作物には、一年かけて作った彫刻が釣り合うとでも言うのかね。」

「いえ、それは。」

「それを不誠実と言わずして何というか、

きみ、それを商売というのだよ。」

ジョパンニは床に目を落としたままじっと黙っていた。

 

 

 

 

――――――――

 

「最近の作品はだめです。私とて人の子ですから、妙な見栄や下心が働いて、像にそれが出てしまう。顔を見たらわかるんです。その表情は、心の底で私の下心をそのまま移しています。そうすると一番の出来は、今はもうどこにいったのかわかりませんが、私がはじめて彫った女神の像でしょうか。彼女の表情には曇りがなかった。あのころの私の向上心を素直に反映して、すがすがしい目をしていました。あれは、今どこにあるのやら」

 

 

いちだいじ、いちだいじ。

狐はちらちらと懐中時計を見ては道を急いでいました。

今日は熊さんの誕生パーティ。遅れたらどやされる。

狐は流れる汗を拭きもせず、せっせとせっせと熊さんのうちへ。

 

道でウサギさんを見つけました。

ウサギさんは、両手を広げたくらいの穴をじっとのぞいています。

 

「やあ、うさぎさん、何をしているの?」

「狐さん、いいところに。実はこの穴にね。」

「穴、ですか。

やや、時間がない。私はいそいでいるので、失礼。」

狐さんは、うさぎさんの二の句を待たずに道を急ぎました。

 

狐さんはなんとか熊さんの誕生パーティに間に合いました。

熊さんのパーティはたくさんの人が集まって、大賑わい。

狐さんもケーキやジュースを飲んではしゃいでいましたが、どうしてもひとつ気になってしかたがありません。

 

「うさぎさんは、僕に何を言いたかったんだろう。」

「もしかして大事な何かを落として困っていたのかな。」

「もしかして珍しい昆虫がいるのを見せたかったのかな。」

狐さんの頭にいろいろな事がぐるぐると回ります。

 

熊さんの誕生パーティは5時で終わりました。

狐さんはパーティが終わるやいなや、あわてて来た道を駆け出しました。

狐さんの頭の中は、穴のことでいっぱいです。

「もしかして誰かが落ち込んでしまっていて、助けを求めていたんじゃないだろうか。」

狐さんは走りながら不安になりました。

「もしかしてまだ穴の中に落ちた人は、まだ穴の中で泣いてるんじゃないだろうか。」

きつんさんは走りながら悲しい気持ちになりました。

「ウサギさんは僕が手伝わなかったことを怒っているんじゃないだろうか」

狐さんは走りながら申し訳ない気持ちになりました。

 

狐さんは、うさぎさんが穴をのぞいていた辺りまで戻ってきたのですが、どこにも穴は見つかりません。

「もしかして、もう穴に落ちた人を助かったのかな」

「穴は、そのままだと危ないから埋めようということになったのかな。」

狐さんは、ほっとしました。肩が軽くなったような気がしました。

 

しかし、狐さんがそのまま家に帰っていると、少し離れたところに、

ありました、ありました。

うさぎさんがのぞいていた、あの穴です。

狐さんはドキッとして、立ち止まりました。

穴の周りには、だれもいません。

ただ暗い穴が、ぽかり、と開いています。

狐さんは、なんだか怖くなって、走って穴の横を抜けて行きました。

 

でも3分ほど歩くと、ふと足を止めました。

狐さんは気になってしょうがありません。

穴に落ちてしまった人がいるかもしれない事。

その人が泣いているかもしれない事。

うさぎさんが怒っているかもしれない事。

狐さんはやっぱり穴をのぞいてみることに決めました。

狐さんは、走って来た道を戻りました。

 

あった、あったぞ、あの穴だ。

うさぎさんがのぞいていた、あの穴だ。

狐さんは食いつくようにして穴を覗き込みました。

 

ぽっかりとあいた暗い穴。

両手いっぱいの丸い穴。

 

でも、でも。

そこには、

なんにも、なかった。

僕でも降りられるくらい浅かった。

 

ほっとした狐さんは、顔いっぱいに満面の笑みを浮かべて、家に帰りました。

 

すべてを手に入れた王様

「世界のありとあらゆる幸せを手にした王様は、どうなるのかな」

「ありとあらゆる幸せ?」

「全部さ。全部。お金、女、地位、名誉、俗な響きのするものだけではなくて、人望、人徳、名声ほかにも土地、権力、力、健康、若さ、不老不死でかまわない。それらを全部手にいれた王様は、次にどうなるんだろう。」

「まあ、物語なら、末永く幸せにくらしました、チャンチャンってとこでしょう。」

「いや、この王様は不老不死なんだから、チャンチャンで終わらない。まだ先が続くはずだ。」

「末永く暮らし続けました、じゃだめ?」

「おいしいものをたらふく食べて、楽しい劇をみて、音楽を聴いて、人々には慕われて。子供たちはすくすくと育ち。まてよ、育った子供達はどうなるんだろう。年をとって死ぬのかな。」

「王様が望むならね。子供達も不老不死だ。」

「仇なす敵は?」

「むずかしいところだが、ゼロではいかんね。王様の権力、力をしめす場がなくなるから、王様を退屈させない程度に弱すぎず、倒してしまわない程度に強すぎず。」

「まあ、そんなこんなで幸せに暮らしました。チャンチャン」

「だから、チャンチャンは、ないんだって。不老不死なんだから。」

「しかし全部手にいれて、毎日充足して、そういう日々が永遠に続いてかれは幸せなんだろうか。」

「幸せではない可能性があるの。」

「退屈なんじゃない?」

「だから、退屈はしないんだって。すべて思いどおりにいくんだから、退屈したら、楽しい劇でも本でも好きなだけ見ればいい。」

「それも飽きるでしょう。永遠なんだから。」

「飽きたら、自分で作ればいい。」

「自分で作るの? 面倒だな。」

「面倒と思うなら、人に作らせてもいい。」

「うーん。それで永遠に楽しめるんだろうか。」

「なにかまだ幸せではない可能性があるの。」

「この王様は死にたくなるような気がするんだよね」

「どうして。」

「もう、ありとあらゆることが思い通りにいって、思い通りの日々。たまには刺激がほしい。いや、わかってる。その刺激も得られる。失敗もいいかも。いや、わかってる。彼が望めば失敗ですら与えられる。他の人々は、王様が望むなら寿命で死ぬだろうし、望まないなら彼らも不老不死でかまわない。王様は生きている心地がしなくなると思うよ。」

「死なないんだから生きている心地でしょう。」

「死なないから、生きているなんて言葉も意味がなくなるんだよ。生きている状態が常なんだもの。わざわざ生きているなんてことを思わなくてもその王様は死なない、行き続ける。死なないとなれば生きているなんてことをあらためて問うこともない。永遠に行き続ける日々。彼はどこに行きつくんだろう。」

「自分は不老不死だ。子供を残す必要もない。食べる必要もない。この世界に留まり続けるこの命は何だ。何のために本を読む。劇を見る。楽しい。楽しいけれど先になにがある。望むなら世界中の食べ物を好きなだけ食べることができる。世界中の女をすきなようにできる。しかし、それをした後に王様はなにをする。」

「仇なす敵をうつ」

「どうぞ、討ってください。勝ちたければ勝てます。たまに負けたければ負けることもできます。わざと相手に捕まって奴隷の生活を味わう? かまいません。好きなだけあじわってください。飽きたら言ってください。どこへでも好きなところへお連れします。」

「これはたまらないね。」

「望みどおりに事が運ぶ。たまに裏をかかれたいと思うと、うまい具合に彼の裏を書いてくれる。」

「やっぱり死にたいと思うだろうね。」

「どうして。死んだら、酒も食事も女も本も、ありとあらゆるものがなくなるんだよ。」

「いや、彼はすべてを手に入れた王様だから、生き返りたければ生き返ってもいい。しかし、しかし、おそらく彼はそれをしないでしょう。それをしてどうなる。やはり思い通りの日々が延々と続いて、生き死にすらもぼんやりと境なく行き来できるようになると、もう彼はどこにも逃げる場所がない。ぼんやりと何もしないまま生きるか。それかやはり死んでしまうでしょう。もう望むものはない。」

「どうして、食事は。本は。女は。」

「もうあとは繰り返しだよ。王様はそれはもう飽きた。わかってる、新しいものを用意すると言うんだろう。しかしそれも飽きた。目新しいものが出てくるということにも飽きた。じゃ、それに反して何もだしません。わかってる。そういうのも飽きた。私は永遠の時を生きてきたのだ。君の思いつくことはすべて何度も何度もやってきたのだ。」

「王様は望みました。『今まで生きてきたすべての記憶を消して、また新たに自分をやりなおさせてくれ。そうすればこの永遠の命を再び楽しむことができるだろう。』」

「なるほど、そうくるか。しかし、それは重大だぜ。今まで生きてきたすべての記憶が消えた存在は、それはその前の王様と同じ人だと言えるのかい。別人ではないのかい。」

「たしかに。体は一緒でも記憶はゼロからだからね。」

「それならなにも不老不死である必要がない。子供を作れば同じことだ。体も新しくなる。」

「王様は死ぬに違いない。自然は良くできている。」