カテゴリー別アーカイブ: 小説

戯れせんとや生まれけむ

作/たま

水攻め、か。
一度思い付くとやってみなければ気が済まないたちである。
俺にとってこの世の全ては遊びだった。ひたすら血の沸くことを追い求め、気付けば天下は己が手にあった。
何でも思いのままになるというのは案外つまらぬものだ。俺は倦んでいた。

しかし、近頃はどうも様子が違う。俺の思うようにことが進まぬ。手下の者がこの俺に意見する。どうやら水面下で覇権を狙う動きがあるとみた。
面白い。ならば目にもの見せてくれる。真の覇者は誰であるか、思い知らせてくれる。そうした思いもあったが、何より、堤が決壊し大水が城下を呑み込む様を、ただ、見てみたかった。

そして時は満ちた。
俺がコップを傾けると同時に、なみなみと注がれていた牛乳がテーブルの上にさあっと広がり、こたつ布団をしとどに濡らした。
俺は満ち足りた思いで小さく身震いし、おしめの生暖かい湿り気を感じながら、「おかあさーん」と手下の者を呼んだ。

太郎が浜

作/たま

昔々、コウという女がおりました。
気立てが良く働き者で、海で夫を亡くしてからは、後を継いで漁師になった息子の太郎と二人で暮らしておりました。

ところが、ある日、太郎は漁に出たきり帰ってきませんでした。
心配したコウは、くる日もくる日も浜に出て太郎の名を呼びました。
潮風で顔には深いしわが刻まれ、声はしゃがれてしまいました。
あわれに思った近所の者が時折米や野菜を分けてくれましたし、コウも畑の手伝いやわらじ作りなどをして、何とか暮らしておりました。
それに、ふしぎなことに、コウが浜を歩いていますと、毎日必ず一匹、うまそうな魚が足元に打ち上げられるのでした。
そうして、その浜はいつしか「太郎が浜」と呼ばれるようになりました。

今でも、太郎が浜の貝殻を耳に当てると、子を呼ぶ母の声が聞こえるということです。
コウはその後、亀に姿を変えて息子を待ち続けたということです。

太郎がひょっこり帰ってくる、数百年も前のお話。

面白いのはここからだ。
書いては消し、消しては書いての繰り返し。
男は書き損じた誤字を丸く塗りつぶしたかと思うと、その丸を除々に広げ、そのまま幾重も連なる円を書いた。

毎週月曜日の朝刊に掲載される男の小説は、その意表を突くオチに定評があった。しかし週一の連載は男にとって重荷だった。
絞り出すようなネタが続く男の小説の評判は除々に落ちはじめ、ついに先日、男は編集者から「デビューさせたい新人がいるんだよね」という遠回しの最終通告を受けてしまった。

もう後がない。かくなる上は…
追い詰められた男は知らぬうちに狂気のふちにいた。
男は書きかけの原稿用紙を全て消した後、脇にあったノートパソコンに目を移し、以前から目をつけていた無名作家のブログにアクセスした。

どうせ無名作家だ。バレはしない。
男はそこあった「円」という題名の小説を原稿用紙に写しはじめた。

面白いのはここからだ。
書いては消し、消しては書いての繰り返し。

Facebookを消しなさい

「すぐにFacebookを消しなさい!」
「何? いきなり。」
「さっき、お前が面接受けた会社から電話があった。
残念ながら…不採用だそうだ。
父さん、納得いかなくてなぜ不採用なのか
聞いてみたんだよ」
「恥ずかし!やめてよ、そういうの」
「理由を聞いて驚いたよ。Facebookだそうだ。
最近はどの企業も面接相手をネットで調べるらしい。
私もお前のを見たが、あれはなんだ。
毎日毎日『うざい、だるい』の繰り返し
最近は『就活、マジめんどい』
あれじゃ父さんでも不採用にするよ」
「ああ、あれね。あれ私じゃないし」
「…名前も学校も、歳もお前だったぞ」
「知らないよ。私を知ってる誰かが勝手に作ったんでしょ」
「だったら、すぐに消してもらいなさい」
「いちおうFacebookに削除依頼は出したよ。
でも、Facebookのアカウントの名前、ローマ字じゃん?
私のふりをしていると断言できるほど決定的ではないし、
書いている内容も、うざいとかだるいとか
言ってるだけで犯罪とも言えないってことで、
強制的には消せないみたい」
「じゃあ、どうやったら消せるんだ?」
「そのアカウントを作った本人に警告?っていうか
『他人になりすましているならやめて』的なメッセージを
送ってくれたみたい。まあ、いまだに消えてないところをみると、
消す気はないのかもね」
「よしわかった。父さんの知り合いに弁護士がいるんだ。
すぐに相談してみよう」
「ちょっと、やめてよ!大げさにしないで。
私はいい試金石だと思っているの。
ネットの情報を鵜呑みにして事を決める証券会社なんて、
こっちから願い下げよ。」

お父さん、頭かたすぎ

「お父さん、頭 かたすぎ!
知らないの? 今はみんな使ってるよ。
漢字を書くより楽だし、早いし、
ちゃんと気持ちも伝わるし、別にいいじゃない!」

「気持ちが伝わればいいというものではない。
この国が培ってきた豊かな表現、語彙が失われる。
もっと漢字を使って書きなさい。」

「別に漢字つかわなくても、豊かな表現はできるし。
っていうか、自分が使えないから否定してるだけでしょ。
今じゃ、私が自作した物語を絵にしてくれる絵師だっているのよ。」

「絵師? あ、こら、どこへいく、待ちなさい。
…どうも、すみません、お恥ずかしいところをお見せしました。」

「いえいえ、気になさらず。
しかし、為時殿。
ご息女が書かれた源氏物語。
平仮名だけで書かれてはおりますが、
宮中でも、かなりの評判ですぞ」

「だからこそ漢文で書いてほしいのだ。
女子供が使う俗な平仮名など、いずれ廃れる。
漢文で書けばいつまでも読み継がれる物語になるであろうに。」

不思議な板

「熊さん、オラァ、きのう不思議な夢をみたよ。」
「八っつぁん、どんな夢をみたんだい?」
「何やら見たことねぇ格好の人たちが、板の上に書かれた絵文字をいじって意思疎通をしてた。」
「板に絵文字? ああ、八っつぁんは学がねぇから知らねぇと思うが、
大昔の唐人は、絵を元にした象形文字を使ってたらしい。
おおかた、キツネにでも化かされて、大昔の光景でも見せられたんだね。」
「大昔の唐人? はぁ、どうりで奴らの話す言葉の意味が、ひとつもわからねぇわけだ。」
「へえ、どんな事を言ってたんだい?」

「板の上の絵文字を触りながら、たしか
“ライン”やら”スタンプ”やら言ってたなぁ。」